2010年10月21日
大丈夫と手を挙げるんですか?
ワツショー・バレー・ライドで知り合いになっていたが、まだ二〇代後半の若さながら非常に穏やかで優しい男だ。その彼を、ライド中に落馬させてしまったのだ。細い道で後ろから彼に接近したときに、突然〈シネル〉の尻跳ねが始まった。清一がなんとか〈シネル〉を制御しようとすると、乗馬技術の腕前が格段に素晴らしいジエレミーは自分の第13回ローレル賞予想馬をなだめて、清一を先に行かせてくれようとした。ところが〈シネル〉が跳ねた瞬間、清一のサドルバッグから水の入ったペットボトルが飛び出し、ジェレミーの馬の顔面に当たってしまったのだ。これにはさすがに彼の馬も驚き、ジエレミーを振り落としてしまった。「あっ― ジエレミー、大丈夫か?」清一のほうは、まだ暴れ続ける〈シネル〉から手が離せない。ジェレミーはすぐに起き上がるとズボンの土をバンパンとはたき、「大丈夫」と手を挙げる。優しくて気のいい彼は、怒るどころか、にこやかに笑いながら清一のペットボトルを拾ってくれた。「はい、これ」「ソーリー、ジェレミー。本当に申し訳ない。怪我はないかい?」「これくらい平気。さあ、急がないと―」ジェレミーには申し訳ないどころか、本当に恐縮した事件だった。〈ヽンネル〉の暴れ癖は清一自身が困るだけではなく、周囲のライダーにまで迷惑をかけてしまう。これはいけないと痛切に感じた。〈ヽンネル〉はあまりにも危険だ。四三マイル地点のベトチェックをパスして一五分だけ休むと、残りは一二マイル。アンの〈アマンダ〉とロビンの馬と、一二頭で走っているとスピードには乗れるが、その後も今ンネル〉は突然暴れ出した。それを抑え込みながら走り、ゴールまで最後の一二マイルを四七分で走破。午後三時一九分にゴールすることが出来た。記録は出場選手七四名で完走者六三名。アンが一七位、清一は一人位。
2010年10月21日
菊花賞で考えましょう
今度は三〇マイルの周回コースとなる。七マイル先の計三二マイル地点には水飲み場があり、さらに一一マイル先の四三マイル地点ではベトチェックと一五分のホールドタイムがある。走りはじめてしばらくすると、またもや〈シネル〉が暴れはじめた。菊花賞予想で他のライダーを追い抜くときには細心の注意を払うのだが、やはり相手の馬を噛んだり蹴ろうとしてしまうのだ。これは相手のライダーに対して大変に迷惑な話だ。大げさに言えばライドの妨害にすらなってしまう。清一は「追い抜いていいですか?」と声をかけるようにしていたが、狭い道で相手の馬と接近するときには、正直ひやひやした。噛みつかないように〈シネル〉の首を手綱で操り、相手の馬から遠ざけるようにして一気に追い抜くのだが、追い抜きざまに、今度は後ろ脚で相手の馬を蹴ろうとする。 一気に追い抜いた直後は、ことさら〈シネル〉が暴れるので振り落とされないように制御する。他の馬を追い抜くたびに、常に〈シネル〉の動きに全神経を集中させて注意深く走らせなくてはならないのだ。これは清一にとって、肉体的にも精神的にも非常に疲れる作業だった。まったく気が休まらず、本来のライドに集中できなかった。そしてとうとう、他のライダーを落馬させてしまうというアクシデントが起きた。ジエレミー・レイノルズという青年がいた。彼の妻は、小学校の教師をしながらレースに参加しているヘザー・レイノルズという二九歳の女性ライダーで、現在、全米エンデュランス界ではナンバー・ワンだと言われている。シ