2010年10月26日
鞍を直す
「ありがとう― 本当にありがとう。これでまた走れる、助かった」馬を捕まえてくれた女性ライダーに心からのお礼を言うと、彼女は〈ケーシー〉の手綱を清一に手渡し、颯爽と走り去って行った。清一も、遥か先に行ってしまっているはずのハルに追いつかなくてはならない。ズケーシー〉、もう逃げるなよ」清一は引き馬ではなく、〈ケーシー〉に乗って走ることにした。しばらく行くと、スインギング・プリツジの橋の袂で、ハルが〈コロナ〉を休ませながら待ってくれていた。「鞍を直していたら、〈ケーシー)に逃げられたんだ」「知っている、さっき聞いたよ」清一がスインギング・ブリツジに辿り着く前に、〈ケーシー〉を捕まえてくれた女性ライダーから話を聞いていたらしい。ハルは少し笑っていた。スインギング・ブリツジは名前の通り、大きく揺れる橋だ。馬に乗ったままだとバランスをとるのが難しく危険なため、多くのライダーは馬から降り、引き馬で渡る。清一が馬から降りると、ハルも〈コロナ〉から降りた。ファンタジーステークス予想でつづら折りの難所とは逆に、今度は清一がハルに声をかける。「ハルは馬から降りなくてもいいよ」「ハハハILハルの腕前なら乗ったままでも渡れるはずだが、やはり借りた馬なので安全第一を考えたようだ。さすがにテヴイス・カツプを知り尽くしているだけあり、彼は意味のない無茶はしない。「安全」を重視した、地道でしっかりとした判断力を持っていた。スインギング・プリツジを渡ると、また険しい山岳地帯のトレイルとなる。標高二人??フィートの谷底から標高四三六五フィートのデッドウッドまで急な登りが続く。ハルと清一は馬に跨り、慎重だが軽快に走る。スインギング・プリツジのある谷底は深く鬱蒼とした森の中だ。景色も何もなく見通しも悪いが、デッドウッドに近づき山の頂に出ると、 一気に大パノラマのような景観が目に飛び込んでくる。しかし爽快な景色をたのしむ余裕などない。山頂のコースは極端に道幅が狭く、尾根の両側は切り立った絶壁だ。 一歩一歩、慎重に、確実に歩みを進めなければならなかった。
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